bjノベルズ
『先生への手紙』
夏生
【1−1】反発
先生、覚えていますか?僕の事。まさか忘れた、なんて言ってやしないでしょうね。もしそんな事、先生が言っているとしたら、僕はおかしくて吹き出してしまうでしょう。だって先生があまりにも惨めでかわいそうになって、何故だか大声を上げて爆笑せずにはいられなくなってしまうのですもの。僕の事を忘れてしまうなんて、少なくともこれから先の先生の人生の中では、決してあり得ないのですから。
あっ、それから先生、子供が産まれたそうですね。おめでとうございます。やっぱり、男の子でしたか。名前は何てつけたのですか? 先生に似ていますか? もしかして、左手の甲に小さなあざがありませんか? 足の指は人より長くはありませんか? きっと大きくなったら水泳選手になりたいなんて言い出すのでしょうね。そう、ちょうど僕の様にね。そしていつか反逆者の眼差しをもって先生を見つめ返す日が、やって来るのでしょうね。
先生はこれから先、一生をかけて妻と子を守っていくのですね。そう、一生をかけて。なんて素晴らしいんでしょう。幸せな家庭。ぬくもり。信頼感。あぁ、本当にそういうものがずっと続くといいですね。先生、本当にそうなるといいですね。
この手紙は、先生にあてたさよならの手紙です。先生がこの手紙を読んでいる頃には、僕の中から先生は、すっかり消えて失くなっていることでしょう。断片(かけら)さえ、ほこりさえ、僕の中には存在していないでしょう。僕にはもう先生が必要なくなってしまったのです。思い出す事さえないでしょう。残酷に聞こえるかもしれないけど、ごめんなさい。本当の事なのです。
でも、これから先、先生は一生、僕という人間を忘れることはできないのです。先生が生きていく限り、奥様と暮らしていく限り、子供を育てていく限り、僕は決して先生の中から消える事はない。先生は、僕という人間の存在を背負って生きていかなければならないのです。
僕の中から先生がいなくなってしまうというのに、先生の中には永遠に僕が棲(す)み続けるなんて、フフフ、なんだか可笑しくて笑いが込み上げてしまいます。アハハハ、ごめんなさい先生、笑ったりして。理由もなく可笑しくて可笑しくて、止められないんです。
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2011 TERRA
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