bjノベルズ
『爆発物』
おたり さとし

【1】声の主の正体

 「一七〇センチ、七二キロ、二十五才。学生時代にラグビーをやっていた。つべこべ言わずに今夜できる奴、電話くれ。番号、○五○―×××―××××」
俺は伝言ダイヤルで聞いたメッセージを頭の中で何度も復唱していた。
 市内の外れにある、待ち合わせの県立公園で会った男を一目見て、俺は心の中で「サギだ」と叫んだ。
 伝言で聞いた声は、野太いいかにもの野郎系だった。ある程度は演技だろうと分かってはいたが、いくら何でもここまで想像と掛(か)け離れるとは覚悟していなかった。顔に付いた肉のため垂れ下がった目とだらしない口元、不健康なくらい白い肌。その男を一言で表わすと、七福神の布袋(ほてい)だった。全身から漂わせている「いい人」オーラのため、記号としての短髪と髭は滑稽なほど似合わない。
 こいつとしなくちゃいけないのか……
 公園に来るまでのテンションが一気に下がった俺はすっかり萎えていた。
 が、男の方は、その辺は伝言通りにつべこべ言う暇を俺に与えなかった。
 二本の太い腕を俺の首に回すと、唇を重ねてきた。タンと呼ぶに相応(ふさわ)しいねっとりした舌をえぐり込ませてくる。
 俺よりも二センチは背が高いはずなのに、男はベンチに腰かけてこちらの瞳をうっとりと見上げている。さらに嫌な予感がした。
 男は俺の右手をつかむと、自分のシャツの中へ誘い込ませた。
 ネコかよ……
 別に俺は、相手に対してタチでなければといったこだわりがある訳ではない。が、身長・体重・年齢と自分より全部上だと、それは当然タチだろうと無意識のうちに決め込んでいたのだ。
 まさぐるように触らされた男の腹も、見事な布袋だった。伝言で聞いた体重よりも十キロは上だろうと踏んだ。
 せめて体重を正直に申告しておけば、本物のデブ専に当たったかも知れないのに。いくら田舎とは言え、俺の知っているだけでも三人はデブ専がいる。
 仕方ない。腹を括(くく)って、目の前の男に没頭することにする。この手の男はプライドを傷付けられると逆上しかねないのを、経験上分かっている。
 シャツを胸元まで引き上げると、薄暗い街頭のもとで、男のピンクの乳首が露(あらわ)になった。
 何でこんな色なんだよ。腹いせまみれに、その肥大した乳首を力強くつまみ上げると、は歓喜のよがり声を上げた。
――つべこべ言わずに今夜できる奴、電話くれ
 俺が、その伝言に惹かれたのは、男の言葉にここの土地の訛(なま)りがないこともあった。
 俺は、実家から地元の大学に通っているが、県外出身の学生も多く、必然的に共通語で話す。
 初めのうちは、こんな田舎で共通語を喋(しゃべ)るという自分に照れ臭い思いもしていたが、大学三年になった今では家族と話すときも意識しなければ方言が出て来ない。むしろ訛りを晒(さら)すことの方が、恥ずかしくなった。「何を気どっとんの」と姉などは笑うが。
 渋々と始めたセックスであったが、滞(とどこお)りなくやるべきことを済ませた。

 俺は自身の節操のなさと人体の神秘について、ぼんやりと考えてみる。放心状態の俺を、男はあまりにも気持ち良かったからと都合良く解釈したのだろう、やたらと話しかけてくる。
「学生?」
「……ええまあ」
「何年?」
「……」
 つべこべ言わない奴が欲しかったんだろうという言葉を飲み込む。
 無言でいるのをどう思ったか、それでも男は快活に笑いながら自分の話を始めた。
 川崎の出身であること、修学旅行以外で関東地方を出たことがないのに仕事でこんな田舎へ赴任させられたこと、それでも数少ないハッテン場に時々行くことなどつまらない内容だった。
 名前を訊(き)かれたので、適当な嘘を答えた。
「俺、タケシ。また良かったら電話くれよな」と尋ねてもいないことを教えてもらった後、公園を出た。
 時計を見ると、十一時を回っていた。もう終電も出てしまっている。舌打ちしながら、タクシー乗り場へ移動する。さっきの男の言葉がよみがえる。
「いきなりこんな何もない所に飛ばされてさ、やってらんないよな」
何もなくて悪かったな。思わずガードレールを蹴飛ばすと、予想外に大きな音がした。タクシー待ちのサラリーマンが、びくびくしながら振り返った。
「何もない所」というのは、俺自身が県外出身の友人に卑下(ひげ)してよく使っているが、ヨソモノに同じことを言われると、余計なお世話だとムカムカした。
 大学に入ってからこの世界を知った俺は、付き合っていた男と別れた後、一時期ハッテン場で遊びまくっていた。そこで知り合った男に誘われて、市内に一軒だけあるゲイバーを訪れたことがある。
 マスターや常連らしき客たちは、俺の名を聞くと、「ああ、あの子ね」と互いに顔を見合わせた。
 初めて訪れる店でも良からぬ噂が立っているということが、自分の傷には敏感な俺にはよく分かった。
 その後、慎重に行動するようになった俺の耳には、「あばずれ」だの「ダレ専」だのといった言葉が遠慮がちに、だが確実に嘲笑を伴いながら届けられた。まあ、噂というより殆(ほとん)ど事実だが。
 狭いコミュニティーで無茶なことをやっていたのを知った後は、反動で高校生の時のようなオナニー生活に戻った。
 今夜のようにたまに羽目(はめ)を外すこともあるが、それがあの布袋に当たったりするのは不幸としか言いようがない。

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2011 TERRA
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